医療安全対策の推進に向けて


 

日本看護用品協会発刊の『看護・医療用品資料集』は、2009年に発刊30回目の記念すべき節目を迎えました。
そこで座談会として社団法人日本看護協会で医療安全の担当をしておられる永池京子常任理事をお迎えして、医療安全をテーマに忌憚なく語っていただきました。

出席者(敬称略)

私どもは「フローレンス会」という名前で30年ほど前に日本看護協会の総会に併設展示を始めた医科器械並びに医療衛生材料の業者の協会です。1978年、杉並の普門館で開催された日本看護協会の総会の際に、医療機器など商品展示が禁止になりました。その後、日本看護協会の総会での商品展示を続けることができるようになり、今日にいたっています。

永池 展示には長い歴史があるのですね。

今村 そうです。この『看護・医療用品資料集』は、普門館で商品展示ができなかったときに看護師さんに我々の製品をぜひ紹介したいということがきっかけで発行したものです。

事故は起こり得るという前提に立って

今村 医療事故というものは、医療機器にかかわることもあり、我々業者にも責任が生じますし、それを扱う医師・看護師さんの責任も非常に重くなってきています。1999年1月11日、横浜市の病院で手術患者を取り違える事故が起きました。その事故が契機になって医療安全への取り組みが国のレベルで始まったのだと思います。

永池 いま今村さんがおっしゃった横浜市立大学附属病院の手術患者の取り違え事件は、国として医療安全対策を講じるきっかけになった第1号のケースですね。その他には都立広尾病院の消毒液の注射の件があり、また同じ1999年に京都大学医学部附属病院の人工呼吸器の加湿器にエタノール液を入れてしまったという事故などもあって、国として医療安全対策会議を開くことになった経緯がありました。

その後、医療安全週間の設立、産科医療の無過失補償、死因究明のための事故調査委員会の動きなどにつながっています。これは、事故は起こるのだという前提で立ち上がったものです。「絶対に事故なんか起こさない」ではなく、「起こり得るのだ」という前提で、国も医療現場も医療安全対策を実施しなければいけないという流れになりました。

今村 まさに”ヒヤリハット”という事態が起き、国が重い腰を上げたわけですね。

永池 医療法の改正によって医療安全機器の管理担当者を置くことになりました。これを契機に責任者が明確になり、医療安全機器に関する安全管理体制の確保の重要性が認識され、より安全な管理体制を推進する段階になったと考えます。

私は通称・厚労省の物部会に属しています。そこで例えば薬の飲み間違いを防止するには、ピルを入れている台紙に飲み方を書いてわかるようにする、だれが見ても間違えないようにするなどの工夫を提案しています。しかしながら、人間ですから間違えることはあり得ますので、間違えた時にも被害が最小限ですむための対策も重要です。

また、医療安全のためには人が足りないといった意見もあります。本会の事業活動の中で3年をスパンに考えた看護職確保定着推進事業を行っています。医療安全の活動には、お金も人もかかり、費やしたコストが医療安全対策の質と量に影響するということを行政にご理解と協力をいただきたいですね。

太田 行政のアドバルーンはよく上がるのですが…、いろいろな臨床の現場を見て認識していただく必要があるかと思います。

永池 以前、行政のドクターで医系技官の方から「出しっぱなしの行政はよくない。どう双方向のコミュニケーションをとって改善し、対策をとっていくのか、結果をどう共有するのかが重要だ」という発言をお聞きしましたが、それは重要なポイントです。私も臨床現場から看護協会は「自分たちが苦労していても、あなたたちはわかってくれない」と言われることがあります。職能団体と施設がコミュニケーションを取り合い、関係をもっと太くしていきたいと思います。コミュニケーションツールとして指針やマニュアルの活用があります。

太田 実際に使えるマニュアルが必要です。1995年にPL法が施行され、近年は薬事法も改正され、医療機器の製造に対する許認可が厳しくなりました。メーカー側も細心の注意を払って望んでおりますが、今は類似品も多く出回り、それらを他品と接続し使用する機会も多くなりました。時にはその特定のもの同士を接続、使用して事故につながったケースもあります。

製造メーカーもチームの一員として

永池 その解決策として、医療機器・用品をつくられる方も、チーム医療の関係者だということで、医療現場にどんどんお入りいただくことはできないのかと思っています。

岡田 昔の営業は手術室に入って現場でコミュニケーションが取れ、ここを改善していこうという提案ができました。残念ながら今は法規制で縛られて以前のように現場には容易に入れません。

永池 医療用品・機器を改善していくためには、新人看護職員の説明会や、OJTの場面に医療機器メーカーの方が来ていただいて、ご指導いただくと大変助かるのですが。

岡田 法的には医療機器業界の公正競争規約に抵触してしまいます。

永池 そうですね、それが引っかかるかもしれません。

太田 製品の納入後に行う機器メーカーの無償の立ち会い1)は回数が限られてしまいます。

永池 そこも杓子定規ですね。医療安全の推進のためには本当にそれでいいのかなと思います。

岡田 公取協が言っているのは間違いないのです。実際はシステム化され、病院に有料でもやってくださいという流れがきちっと出来上がっていればいいことなのです。

永池 私は以前、病院で副院長兼看護部長をしていましたが、アウトソーシングをどう使うかというとき、物の管理も含めてメーカーの方が点検し、使える状況に整備してくださると良いのではと思いました。安全に不安なく使えるといった意味での試みが必要と思うのですが、やはりここでもコストが必要ですね。

太田 確かに費用を掛けていただければ、物やお金が回ることにもなりますし、となれば新しいものを開発する資金源にもなると思います。

永池 もう一つ、いいものができればできるほうど機器は複雑になっていきますが、使いやすさを目指すべきで、これは今後の課題だと思います。

太田 我々は限られた開発費で機能性・操作性とデザインを重視するわけです。パッケージにしてカセット式交換ができたなら修理も簡単ですが、一般業界と違い生産量がそれほど多くないので消費数量の面でも単価が高くなると思います。そういう面からもレンタルやリースを利用することはメーカー側にもメリットがあるのではないでしょうか。

永池 リースですか。メーカーもプロフィットは重要でうものね。それでもいいもの、いいものと言って院内にいろいろな機種が増えますので、使うものの立場から考えると一つに統一されると良いですね。

医療事故の大半は組織の問題

太田 ある麻酔科の先生の著書の中で「医療機器の不具合そのものによる事故は極めてすくなく、ほとんどがヒューマンエラーであることを忘れてはならない」とありました。

永池 人の判断力・技術力がなくて医療事故を起こすことがあるかもしれませんが、多くの場合は、事故が発生する状況や環境を作り出している組織の問題が大きいとよく言われます。特に看護職には、刑事責任をその個人に課せられる状況がどんどん進んでいくと思います。以前、とても名前が似通っている薬の取り違え事故が起こりました。筋弛緩剤の「サクシン」とステロイド剤の「サクシゾン」の取り違えです。報道によると、「先生、サクシンでいいのですか」と看護師が聞いて、医師はゆっくり投薬という指示を出したとありました。それで看護師はこれでいいのだと思ってしまったようです。ここで、「この薬はこういう作用ですが、この患者さんになぜ使うのですか」というダブルチェックを行えばよかったのかと思います。そこまで看護職の発言力がなかった。医療の歴史の中で医師と看護師の従属的な関係があり、それが医療安全体制が確立できないという背景の1つでもあるような気がします。そこで看護師の自律ということが課題となるでしょう。

今村 医療機器の改良・開発が進んでいきますと、逆に操作手順が多くなることもあり、無駄な機能を持たせることもあります。やはり機能の単純化は必要なことです。

永池 単純化は必要です。それに医療安全対策は全員で行うものです。先日、ある県の看護協会の医療安全担当者の研修会で、医療安全文化を院内に醸成するための標語大会の報告がありました。そこで発表された標語には、正確には覚えていませんが「入院し 私の体に バーコード」というものがありました。このように医療安全は患者や家族も加わり、一人ひとりの参加と共同から始めることも大切ではないでしょうか。

今村 バーコード時代の趨勢ですが、ピッとやっておしまいというのは問題があります。

永池 そうですね。そういう機器の発展の裏に事故の危険性が潜んでいます。アラームが鳴っているのに対応せず、モニターで異常を示しても患者を救ってくれなかったということで看護師が責めを負うケースもあります。米国のドナベディアン博士が提唱する、ストラクチャー・プロセス・アウトカムの3つの観点によると、アウトカムを正しく導くには、ストラクチャーを正しく組み立てなければなりません。この場合は、生体モニターがきちんと使える状態になっていたかどうかが大前提になります。このようにしてシステムエラーの観点から看護職の足りないものは何なのかというところまでを導き出し、足りないものが知識であれば、組織が職員の知識を高めるための研修の機会を設けて、問題解決にもっていくことが大事です。

今村 企業でも間違いが起きた時は、人ではなくシステムがどうなっているかが問題です。そこをチェックする。そのための費用を組織のトップは惜しんではならないのです。

太田 医療用の医療機器は医療関係者しか使いません。どうしてそれで事故が起こるのかというと、労働時間や人員等の問題が背景にあるからなのだと思います。「機器同士の接続を合わないものにする」という策もありますが、それには莫大な費用がかかります。しかしそれで医療事故が減るかと言えばはなはだ疑問です。もっと根底から策を講じる必要があるのではないかと思います。

永池 微量採血のときでも使いまわしはやめようと申し合わせたにもかかわらず、お金がかかるから使いまわしにしますという判断になってしまうことがありました。この現状も、やはり医療安全のコストをきちんと計算して動いていない医療の報酬体制の問題もあるからでしょうか。

岡田 平成17年の薬事法の改正で医療機器の添付文書2)などの規定が厳しくなりました。今までは必要なかったものにまで、いちいち添付文書を付けるように要求されています。

永池 ナースがその添付文書や取扱説明書などを読む時間が果たしてあるのでしょうか。これもあれもと欲張ると、分厚い取り扱い説明書になります。知らせたいことが伝わりにくくなります。そうしたコミュニケーションにどう対応していくのかが、これからの課題です。

今村 医療機器には1~4のクラス別があります。1は簡単に使い方がわかる製品ですが、2の製品の取扱説明書になると大変です。例えば、麻酔の医師に麻酔器を納めるときには、わかりきったことでも、これから初めて麻酔を扱う人へ向けてのもののようなレベルで説明を付さなければなりません。

太田 必要とは思いますが、従来のような取扱説明書では紙の量だけが増えることになります。

永池 その通りですね。私も問題解決に向けて、臨床現場の意見を吸い上げるように努めたいと思います。今後も機会がありましたらお声をかけてください。

今村 医療安全対策の推進というのは我々業界にとっても大きな関心事です。こうした問題を語り合える機会をいただきまして、今日は本当にありがとうございました。

 

 

注1) 立会いや貸出しに関しては回数制限などの制限があります。

注2) 取扱説明書と添付文書は異なる書類です。